漁港の肉子ちゃんとドラえもんは似ている?渡辺歩と水島精二が語るアニメ主人公の表現
「第34回東京国際映画祭」のトークイベント「2021年、主人公の背負うもの」が、本日11月5日に東京・丸ビルホールで開催された。本記事では同イベントの模様をレポートする。
10月30日から11月8日まで東京の日比谷・有楽町・銀座エリアで開催されている「第34回東京国際映画祭」。「2021年、主人公の背負うもの」では「第34回東京国際映画祭」上映作品である「漁港の肉子ちゃん」の監督を務めている渡辺歩、「フラ・フラダンス」の総監督を務めている水島精二、アニメ評論家の藤津亮太が登壇し、両作における主人公の描き方などについてトークを繰り広げた。
藤津は「2021年、主人公の背負うもの」というイベントタイトルの主旨について「『漁港の肉子ちゃん』『フラ・フラダンス』は最新のアニメの中でも、特に日本アニメらしい表現力を実感できる2作です。ここでいう日本アニメらしさとは、少しのファンタジー要素がありつつもリアリティがあって、観客がキャラクターを身近に感じられるところ。“主人公”というキーワードからこの2作をはじめいろんな作品を語っていくことで、そんな日本アニメの特徴について掘り下げられるのではないかと思いました」と解説。話すのはこれが初めてだという渡辺と水島は挨拶を交わし、お互いにリスペクトの気持ちを伝え合っていた。
「漁港の肉子ちゃん」は漁港の船に住む共通点なしの母娘・肉子ちゃんとキクコを描くハートフルコメディ。同作の主人公はキクコだが、渡辺は原作小説を読んだ当初、肉子ちゃんのほうにインパクトを受けたという。「小説では完全な答えを出せないような問いを扱っているので、映画でも最終的なオチを描き切るのではなく、キクコがこれから成長していくだろうという予感を描きたいと思って。その方向性が見えてからは、キクコにフォーカスして一本筋の通った映画を作れると思いました」と告白。「『漁港の肉子ちゃん』とタイトルでは謳っているけど、主人公はキクコ。それが許されるかは賭けでした」という発言に藤津が「(渡辺が長年携わっていた)『ドラえもん』もタイトルは『ドラえもん』ですが、主人公はのび太ですよね」と返すと、渡辺は「そうなんです。そういう意味では『漁港の肉子ちゃん』には若干『ドラえもん』と近いところがあって、そのことが創作のヒントになりました」と頷いていた。
「フラ・フラダンス」は東日本大震災の被災地を舞台としたアニメ3作品を制作する「ずっとおうえん。プロジェクト 2011+10…」のうちの1作。水島は「『応援』というテーマを与えられたので、観客が気持ちよく劇場を後にできること、そしてキャラクターや作品の舞台である福島県いわき市を応援したいと思えることを目標にしました」と当初の制作意図を説明する。さらにスパリゾートハワイアンズで仲間とともに新人フラガールとして働く主人公・夏凪日羽(なつなぎひわ)については、「自ら物語を引っ張るタイプではないなと思ったので、彼女がやろうと思ったことを周りが優しく肯定してくれたり、キャラクターたちがみんなで足並みを揃えて何かをやろうとなったときに真ん中にいたりするような、愛されるキャラクター像にしようと思いました」と話す。それを聞いた藤津は「主人公といえば『物語を引っ張っていく人』と思いがちですが、アンサンブルの中心になるようなキャラクターとして作っていったんですね」とコメントしていた。
また「漁港の肉子ちゃん」「フラ・フラダンス」はともに女性主人公の物語。藤津から「女性主人公の作品と男性主人公の作品で、演出は違ってきますか?」という質問が投げかけられる。渡辺は「僕は主人公と自分を同化させてしまうので、男女の描き分けはうまくできていない気がしています」と話しつつも、「どちらかというとのび太みたいな男の子の方が考えやすくて、女性はわかりづらいかな」と述べた。そのため「漁港の肉子ちゃん」制作時は原作や脚本のみならず、原作者である西加奈子が多感な時期に影響を受けたものなどを調べて、キクコのキャラクターを掴んでいったという。
水島も女性キャラクターについてはわからないところが多いとのこと。藤津の「『フラ・フラダンス』では吉田(玲子)さんの脚本の雰囲気が(女性キャラクターを描く)ヒントになったのでしょうか」という質問には「めちゃくちゃなりました」と大きく頷く。そして「吉田さんの脚本にはうまく心理描写の余白が残っていて、演出のしがいがあるんです。『こう演出しないと成立しない』という脚本ではなく、ある程度バランス調整をこちらに委ねてくれる。それを考える作業はとても面白かったです」と吉田を絶賛していた。
また渡辺と水島が、印象に残っているアニメの主人公についてそれぞれ語る場面も。水島は「いなかっぺ大将」の風大左衛門を挙げて「キャラクターとして面白かったし、喜怒哀楽の表現もすごい。物語を転がす、面白くする主人公像という意味で心に残っています。ニャンコ先生という強力なサポートキャラもいて、『いなかっぺ大将』はバディものの基本だと感じますね」と話す。渡辺はなかなか絞りきれないと言いつつ「『ドラえもん』ののび太です。出来の悪い子供だったものですから、のび太に共感できるところが多くて。藤子・F・不二雄先生がどこかでおっしゃっていた『のび太は実は、自分がダメなことはわかっているんです。それをなんとかしたいと思っている少年なんです』という旨の発言が印象に残っています」とコメント。「『機動戦士ガンダム』のアムロもインパクトがありましたよね」と付け加えると、水島も「アムロは主人公っぽくなかったですよね。こういうキャラクターをロボットアニメで描くのかと」と同意した。
トークの終盤には藤津が「日本のアニメはキャラクターが隣にいる友達のように、存在感が出るように表現されていることが特徴だと思うんです」と考えを述べ、渡辺と水島に向けて「キャラクターの存在感を出すためにどのようなことを意識していますか」と問いかける。水島は「ほかのスタッフには伝えていない、自分だけのキャラクター設定はいっぱい考えています。それをスタッフに伝えてしまうと、今度はみんながその設定に引っ張られすぎちゃうから、バランスを取るためにこっそり考えておく。そうすることでキャラクターの一貫性を保てるんです」と回答。さらに渡辺が「そういう裏設定は一番作っていて楽しいですよね。それは作画監督にも共有しないことで」と語ると、水島も「でもトップのアニメーターはだんだんそこを理解してきて『こういう表情にしたいんだろ』という感じの絵を描いてきますよね」と語った。最後にはイベント参加者との質疑応答が行われたのち、3人がそれぞれ一言ずつ挨拶。イベントは幕を閉じた。